これで私もシティーボーイ

 ある人との初デートの話をしよう。

 当時、僕は絵に描いたおのぼり少年だった。肌はニキビで覆われており、着てる服もチグハグ。髪型も当時はやっていたアシメと言う左右対称の髪型だが、どこか不恰好な感じだった。今考えると、何一つ魅力なんてなかったんじゃないかと思う当時の僕にデートをしようと提案してくれたのが新一さんだった。
 新一さんはヘアメイクという仕事柄、着てる服も髪のセットも、付き合う友人たちも、どれひとつとってもとても煌びやかで、まさに東京ダンディーを具現化したような人だった。

 島から出てきたばかりの田舎少年と、ビューティーを生業にしているイケおじ、何一つマッチしていない気がするが、ひょんなことで出会い、デートをすることになった。

 初デートは都内にあるおしゃれバーだった。間接照明しかないような薄暗いバーで、そういうところに初めて訪れた僕はもう雰囲気だけで酔ってしまうほど浮かれていた。
 たった一杯、弱目のカクテルを飲んだだけでほろ酔いになってしまい、ああこれが大人の入り口なのねと悦に浸っていたのだ。数時間の後、バーを出る頃には、結構出来上がっていた僕だったが、新一さんが、もう少しお話したいなとダンディーに誘ってくれたのもあり、彼の家にて軽く飲みなおすことになった。
 彼宅に向かうタクシーの中、まぁまぁ酔っていた僕は、初めてのデートで彼の家に行ってしまう不埒な自分をあらあら、わたしっておませさん、などと思いながら、これから始まることに緊張と期待をおり交えた感情を自分の中で押さえ込んでは、ネオンに揺れる街並みを車窓から眺める様は、まるでB級映画の主演男優のような面持ちで見つめていた。
 程なくしてタクシーは彼宅につき、予想はしていたが、コンクリート打ちっぱなしのデザイナーズマンションへと招き入れられた。

 キャンドルに火を灯しながら
「赤ワインでいいかな」
とスマートにグラスにワインを注ぐ彼を既に光悦な目で見つめていると、新一さんは突然、
「ハリオくん、少し髪短くしてあげよっか?」
と聞いてきたのだ。
 あぁ田舎っぽさが出てダサいと思われていたのかなぁと突然恥部が晒されたようで帰りたくなる感情と同時に、ヘアメイクのプロにヘアカットをしてもらえるなんて、この上ない贅沢なことではないかと自分を納得させ、お願いしますと小さく返事をした。

 すると、待ってましたと言わんばかりに新一さんはあっという間にヘアカットの準備を整え、はいここに座ってと言うやいなやヘアカットが始まった。

 小一時間ほどにわたり丁寧なハサミ捌きは続いた。
そしてついに、
「終わったよ。シャワーで流しておいで」
と言われたので、一体どんな風に仕上がったのか、よくあるなんとかビフォーアフターみたいに、うわぁ田舎少年が一瞬で毎晩渋谷で遊ぶシティーボーイになりました、みたいなナレーションを心の中でいつでもプレイできる準備をして僕は鼻の穴を膨らませながら真っ直ぐにバスルームへと向かった。

 髪を「少し短く」する。
 この概念は本当に人それぞれだと思う。
 ただ、腰まである後髪をボブにするとか、鼻までかかっている前髪を眉毛まで切るとかは流石に少し短くではない。
 少しはあくまでも少しだなのだ。次にあった友人が、あれ髪きった、と聞いてくるくらいでなくてはいけない。

 この夜、新一さんは丁寧なハサミ使いをもって、僕の髪をなんと五厘坊主ほどに短くしたのだ。
 もう一度言おう、五厘坊主なのだ。
 シャワーを浴びながら鏡に映る自分を見て、直感的に、これは流石に違くないか、と思った。思ったのだが、酔いのせいかはたまたプロがこの方が絶対に似合うと言うからか、都会では今これが最先端なのかと変に納得してシャワーを終えた。出てきた新一さは僕の顔を見るなり、満面の笑みで、いやぁいいわ、これだわ、大正解だわ、と何度もうなずいていた。プロがそう言うのだ。大正解とまで言うのだ。一瞬、仕上がりを不審がっていた自分も、次第にそうだよねと言う気持ちになり、ありがとうございます、と何度も深く頭を下げた。
 そうして、その日は結局、新一さんの家で朝を迎えた。
 翌朝、昨晩のお酒のせいで、眠りが浅かったのか少し早めに目が覚めた僕は、まだ眠っている新一さんを起こさないようにこっそりとトイレに行った。用を済ませ手を洗っていると、洗面所の鏡に映る自分と目が合った。
 そこにいるのは、昨日田舎から東京に出てきました、おにぎりは風呂敷の中に入っています、東京でモンペはどこで買えますかと今にも言わんばかりの田舎少年が映っているではないか。
 縋るように、寝ぼけてるのでは、お酒がまだ回っているのではと今にも泣きそうになっているところ、同じくトイレで起きた新一さんが僕の顔を見るなり開口一番こう言ったのだ。

「なんか、ごめんねぇ」

 そこからしばらくは帽子生活だった。大学構内でも、講義の時でも数ヶ月はキャップやニットを脱ぐことを頑なにしなかった。シティボーイになれると期待していた少年は、ただひたすら髪が早く伸びることを願うだけの少年になったのだった。
 あとで聞いた話、新一さんも結構あの夜酔っていたようで、ヘアカットしたことすら覚えてないとのこと。本当にお酒とは恐ろしい。呑んでも呑まれるなとはよく言ったもんだ。都会の怖さを身をもって知ったデートだった。
 でも何が一番怖いかって、その後僕は新一さんと二年ほど交際を続けたと言うことだ。

2件のコメント

  1. 初デートのあま〜いお話しと期待して、どんなシティボーイになったのかと思いきや丸坊主ですか!
    本当に御酒は怖いです。
    あれから凄く呑めるようになったんですね

    1. 確かに、缶チューハイいっぱいでベロンベロンになっていた、あの頃が懐かしい。。。

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